目標を持つ者、持たざる者

昨日と今日の「 巨人 vs 阪神 」の試合を観ていると「目標」というものがいかに重要であるかよく分かる。

開幕から5月末まで阪神の調子が良いのは例年のことだが、今年こそは絶対に優勝するというチーム全体が共有する信念を持ち続けて7月半ばになっても快進撃を続けている。昨年、非常に苦労しながらもなんとか優勝した巨人であるが、今年は開幕直後からレギュラー陣がリタイア続出でまともな戦いができない状態が6月末まで続き、レギュラー陣が揃った7月には既に優勝は絶望的な状態にある。

昨年のチャンピオンチームだからこそ、レギュラーが揃った今、意地を見せて欲しい。

しかし、「何をやっても、もうダメだ」という諦めムードがチームに蔓延しているのか、精彩さを欠く試合が続く日々。

精神的にどん底な状態にある巨人が活気に満ち溢れる阪神と対決すればどうなるのか。結果は最初から分かっていたが、それにしても酷い現実である。

今年のセリーグは戦力的に阪神がもの凄く強いように感じられるが、実はそうじゃない。単純な戦力の差だけならば、勝敗にこれほどの差がつくわけがない。

ならば阪神の快進撃というものは何なんだ。

それは阪神というチームが持つ「気持ちの強さ」である。

チーム全員が「絶対勝つ」、「絶対優勝する」と心の底から思い、そして行動すれば個々が持つ能力以上の力を発揮できるであろう。それは昨年の夏場の巨人の戦い方が示している。

「連覇することは非常に難しい」と長年言われ続けているように、現実として連覇するチームは長年登場していない。

なぜ連覇できないのか。その要因の一つが「気持ち」だと私は思う。

10万円と100万円

私の友人に使う金の単位が一般庶民とは違う人がいる。彼は数万円の買い物をする時に、もの凄く悩んで悩んで悩んだ挙げ句、結局諦めてしまうのに、 100万円単位ならばそれほど悩まずにポンと使ってしまうのである。その行動にはいつも驚かされ、毎回私は「金の使い方がおかしい」とぼやいてしまう。周りの人々も私と同じ意見をもっている。当然のことである。数万円の買い物ができなくて、なんで100万円や数百万円の買い物ができるんだ。不思議だ。

彼の口癖が「生活が苦しいから数万円の買い物だって大変」である。だったら何で数百万円の買い物ができるんだと突っ込むと「100万円単位なら使えるんだ」と毎度同じ言葉が返ってくる。

その彼の不思議な金の使い方が理解できなくて既に10年以上経つのだが、あることがきっかけで最近なんとなく理解できた。

物欲をほどほどに抑えて、ようやく私の通帳の残高が100万円を超えた。このまま普通預金に入れておくとパラパラと小出しに使ってしまう可能性があるので定期にすることにしたのである。使うのは簡単だが、貯めるのは大変である。田舎のサラリーマンにとってコツコツ貯めた100万円は大金である。

私の100万円単位の買い物なんて「車」しかなく、何年後に車を買い換えるからそれまでにいくら貯めなければならないと計算して貯蓄するわけである。10万円だろうが100万円だろうが、全て私が稼いだ金であるので、10万円未満ならば数ヶ月の収入の範囲で調整が利くことから、“ものすごく悩む” こともなく買い物ができる。しかし、100万円となると短期間での調整は不可能だ。長期的な計画が必要である。よって私の場合は「10万円未満ならなんとかなるか」「100万円!とんでもない」である。しかし、例の友人は逆なのである。なぜなんだ。

私は通帳を見ながらふと気が付いた。彼が言うように彼にとっての数万円の買い物は彼の稼ぎから捻出しなければならないので、大変なのかもしれない。しかし、100万円単位でいくつも定期を持っている彼にとっては100万円だろうが何百万円だろうがいくつ定期を解約するかまたは満期を待つかというだけのことなのである。その定期の大多数が親から相続したものだとしたら、自分が苦労して稼いだ金でないとしたら、どうなのか。彼は意識していないと言っていたが心の底にはそれがあるのでは。

生活レベルは自分の稼ぎに比例すべきというのが私の信条であるが、彼にはそれが適用されないようだ。

「使うのは簡単、貯めるのは大変」そのことに彼は気が付く日がくるのであろうか。

眼精疲労

最近、「どう考えても眼精疲労だ」と思える症状が出ている。
念のため「眼精疲労」で検索してみたところ次のページが見つかった。
http://www.health.ne.jp/library/3000/w3000711.html

夕方近くなると「頭痛」「肩こり」「イライラ」「集中力の欠如」、まさに眼精疲労スパイラル状態である。

会社はくだらない決め事を作ってくれるものだが、“休憩一切禁止”というものは労働基準法に引っかからないとしても、社員に対してあまりにも酷い仕打ちである。

午前の3時間、午後の5時間、ずっとPCに向かって仕事をしていれば目が疲れるのは当たり前。

くだらない決め事を作ったエライ人たちはどうせ、ぶらぶらしているだけで「目が疲れる」なんていう仕事をしているわけがないのだ。

あー、目が痛い。