感動をありがとう

ベルリン・マラソン
 高橋尚子が世界最高記録で優勝した。この大会は高橋尚子のための大会といってもいいほど非常に条件に恵まれていたので“普通に走れば”優勝することは分りきっていた。世界最高記録を樹立できるかどうかがポイントであったが、それも30キロ地点で“トラブルさえ起きなければ確実”という状況になった。このまま世界新記録で優勝していても「やっぱりすごいな」と私は素直に感動していたであろう。ところが2時間20分の壁を破ることができるのかどうかというドラマチックな展開になり、テレビにくぎつけ。後2キロ、後1キロ、後500メートル、「ガンバレー!、もう少し」。ついにゴール。タイムは「2時間19分46秒!」だ。その瞬間、おもわず涙が出てきた。感動をありがとう。

40年も!



 先日、会社の行事があった。私の勤めている会社は9月決算で、その業績報告と来期の目標を経営陣の方々が社員に説明してくれるのだが、そのことはここでは省略する。(悲しくなるだけ)

 その中で永年勤続○○年というやつを表彰する制度があるのだが、お一人だけ「永年勤続40年」という気の遠くなるような期間を勤務された方がいらした。40年!私が産まれる前から働いているわけでなんとも複雑な心境です。

 私は日頃思うことがいろいろありますが、その中の1つが「働く年数」というものがあります。大卒で就職した場合、定年60歳として38年間も勤務することになります。「38年間も!」と思うとギョッとしてしまう。働かなければ食っていけないわけで、働くこと事態を問題にしているわけではない。38年間も同じ所へ通い、同じ人々(多少の変かはあるだろうが)と過ごし、あまり変化が無い環境(役職の変化や転勤もあるかもしれないが)の中で38年間、つまり人生の2/3近くも過ごすのである。「本当にこれで良いのか!」と自問することがしばしばある。

 「やっぱり良くない!」「38年という期間を3分割して考えろ」ともう一人の自分が言うのが聞こえる。つまりは最初の12年間は全ては「勉強」である。とにかくがむしゃらに働く。次の12年間は最後の12年のための準備をする。そして余った2年間は定年後のための準備期間。このように考えれば人生設計もしやすいのではと思う。私は今の会社に就職して14.5年になる。つまり最初のステップはとっくに過ぎてしまっているのである。ノホホンと今のぬるま湯のような環境に甘んじているのではなく、もっと真剣に最後の12年間のことを考えるべきであろう。

revolution と evolution

「何かしなきゃ」と思うが何もできない自分がいる。「何か考えなきゃ」と思うが何も考えられない自分がいる。何年も前から事あることに頭に浮かぶ言葉「revolution(革命)とevolution(進化)」。今の職についてから何度も壁にぶち当たり、その都度自分なりに乗り越えてきた。それは「進化」をすることで乗り越えてきたものだと自分では思っている。しかし、その進化のスピードが少々速かったのではと思えてくることがある。ゆっくりした進化ならば、まだまだ進化し続けられる余力があるだろうが、周りの環境などもあり進化せざるをえない状況におかれ続けた場合は「大きな壁」にぶち当たる時が来るのも早く、単純な進化だけではどうしようもない状況になってしまう。evolutionだけではどうしようもない、revolutionが必要である。分っていてもできない自分に苛立ちを感じる日々である。