30歳限界説

最近、ふと気がついた(思い出した?)のですが、私の上司である某部長と私は一回り近く年齢が違うので、私が入社した時は某部長(当時は課長)は三十半ばだった。当時、某部長はすでに「開発」というものをいっさいしていなかった。所属長だからという理由かもしれないが「もう開発はできない」という雰囲気が漂っていた。立場上「あえて開発をしない」ならば部下が必死こいて開発している姿を見れば一言二言あっても良かったはずだが、まったくもって無関心であった。

入社してあっという間に18年が過ぎようとしている。つまり、当時の某部長よりは年齢が上になってしまったわけだ。そう思うと何かすごく虚しさを感じます。新入社員から見ると「三十半ば過ぎのおじさん」はかなり年上に感じているはず。私が当時そう思っていたから。しかし、自分が「三十半ば過ぎのおじさん」になってみると、当時抱いていたほどのギャップを感じません。私が新人のころは年輩の人たちと話すことなど皆無でしたが、現在において私や私の同年代の人たちは若い人たちと会話しています。

半年くらい前の面談で年齢的に開発ができなくなると私に対して言う某部長。私が入社する頃には「30歳限界説」が定説でした。「パリパリ開発できるのは30歳まで、その後は(能力的に)開発ができなくなるのでマネージメントに徹するようになる。」と世間では言われており、ソフト会社に就職して30歳でクビになるよりは製造業に就職しておけば30歳を過ぎても何か仕事はあるだろうと思って今の会社に就職しました。しかし、私はもうすぐ40の大台に乗りそうですが現役です。30歳を過ぎても時代の変化に合わせて新しい言語を独学で習得して仕事に活かしています。

結局のところ「本質的に開発が好きでやっている」のか、それとも「たまたま就いた仕事としてやっている」のかの違いなのだろうと私は思います。「30歳限界説」を唱えていた人たち、そしてその通りにやってきた人たちと言うのは「単なる仕事」として開発に携わってきただけのことで「好き」でやってきたわけではないのでしょう。

先日、某部長から「新入社員を一人入れるが」という話があった。ぜひとも「開発向きな人材を入れてください」とお願いしたが「具体的にはどんな人材なのだ」と返される。そこで「タイプ」の説明をしたがイマイチ理解してもらえなかった。

「探究心旺盛で創造が好き」
そういう人ならば知識や技術など持っていなくてもなんとかなるものです。

続きはまた今度。