仕事に対する「情熱」



若いうちは自分がしたいことと仕事がマッチして、それはもう情熱を注いで取り組んだものです。結果が出れば嬉しいし、それが評価されたらなお嬉しかった「お金」のために仕事をするというよりも、「やりがい」とか「達成感」みたいなものを求めていたような気がする。

プライベートの時間に「次に必要とするもの」を勉強をして、ある程度ものになりそうになったら会社の仕事に取り入れたりしてきた。いろんなことをしてきたが、結果して会社に貢献してきたと自分では思っている。(自信過剰か?)

今やっている「仕事」をプライベートの時間にもちこむ人がいますが、私からいわせればそれは単なるサラリーマンです。そういう人は残業でもして手当てを貰った方がいい。時間内に終わらないから、自宅に持ち帰って仕事の続きをするなんて、なんておろかな事なのでしょう。時間内に終えるために必要なスキルがあるのなら、それをプライベートの時間を使い身につける努力をすべきです。

おっと話しがそれた。

最近「情熱」が薄れてきたと自分でも感じている。なんかバカバカしく思えてくることが多々あることと、何年間も賞与が減らされている現実(所帯持ちには切実な問題)、会社の将来の不透明さ、などなど要因はいろいろある。最大の要因は「楽しいと思えなくなった」ということです。ずっと趣味を仕事に結び付けてきて「趣味で仕事をしている」と自分でも言ってきた。

しかし、趣味だったものを仕事にした段階で制約がつくもの。だから違う趣味を見つけ探求する。そして仕事に取り入れる。しかし、最近それをしなくなった。なぜならば今の趣味だけは趣味のままでいきたいからである。そしてその趣味の延長で新しいことも始めた(正確に言うと“再開”)。つまり、仕事に情熱を注ぐ暇なんか全くありません。

世の中「仕事人間」といわれる人が大勢いますが、そういう人が定年を迎えると、することが無く困ってしまうという話しをちょくちょく聞きます。会社という看板をしょっている間は毎日が充実していたのかもしれません。それは「仕事」中心の人生を送ってきたからでしょう。しかし、イザその看板がなくなり、ただの人になったとき、何もできずにボーとするだけの余生をおくるのでしょうか。最近私は次のように思います。

「24時間365日、仕事中心の生活を送る必要があるのは“経営者”と呼ばれる方々だけで良いのでは」